2014年5月20日

尼崎市長へのアスベスト被害対策の申し入れ

アスベスト被害からいのちと健康を守る尼崎の会(船越正信会長)は、5月14日、稲村和美・尼崎市長らに「尼崎市の責任で、疫学調査を実施し、被害の全容を明らかにするとともに、尼崎市で肺がん検診を復活させるとともに、ハイリスク者に対しては継続した検診を積極的に受診できるシステムの構築すること」などを中心に要請・懇談しました。「尼崎の会」からは、船越会長をはじめ八木和也弁護団事務局長、粕川實則「会」事務局長。尼崎市側は、稲村市長をはじめ、20人が参加しました。
尼崎市への申し入れの全文は、以下の通りです。

尼崎市長 稲 村 和 美 様

アスベスト被害者救済に関する
尼崎市への要望事項と懇談のお願い

アスベスト被害からいのちと健康を守る尼崎の会
会長 船 越 正 信

尼崎市民の生命と健康を守るために尽力されていることに、心から敬意を表します。
さて、本市におけるアスベスト被害は、いわゆる「クボタショック」から9年目を迎えようとしている今も、深刻の度を増してきています。被害者の相談活動を通じて、地方自治体の果たすべき役割が重要であることを痛感しており、被害者対策に関して、下記の項目を中心に、稲村市長と懇談の場を設定していただきたくお願いいたします。当方の勝手ですが、水曜日の午後の時間帯でお願いできれば幸いです。

1、地方自治法では「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」と第1条で定めている。尼崎市では、かねてから早世率が高いこと、がんによる死亡率が高いことが問題であるといわれ、生活習慣病対策等に力を入れてきた。
いわゆる「クボタショック」以来、その主要な原因の一つにアスベスト被害があると思われる。2007年から2012年までの6年間の中皮腫死亡者7,261名の内、尼崎市では178人。全国平均の7倍の中皮腫死亡者を数え、2011年だけでみると、全国1,258人に対して尼崎市で43人、全国平均の10倍にも及んでいる(定年退職後に故郷に帰った旧市民も多く、尼崎でばく露して故郷で死亡した場合は、故郷の県でカウントされており、10倍という倍率はもっと大きくなると推察される)。 地方自治法の「住民の福祉の増進を図る」ことの第一は、「市民のいのちを守る」ことに他ならない。アスベスト被害対策にこれまで以上の取り組みを要望する。

2、株式会社クボタが認めただけで、クボタ旧神崎工場周辺住民255人の中皮腫、石綿肺等による死者・闘病者(2013年9月30日現在)が発生している。この数字は、クボタが独自の基準で認定したものに限られており、クボタに「救済金」を請求しても拒否される事例もあり、氷山の一角と思われる。
アスベストによる肺がん死亡者は、中皮腫死亡者の2倍といわれていることからすると、極めて深刻な被害実態となる。
これまで環境省の委託を受けて行ってきたリスク調査事業でも、胸膜肥厚斑(プラーク)等の有所見者の分布状況を見ても、小田地域が圧倒的に多い。
尼崎市の責任で、疫学調査を実施し、被害の全容を明らかにすること。

3、石綿健康被害救済法の「救済」を「補償」に改めて恒久法とすること、補償金額を労災補償なみに引き上げることを国に求めること。または、公害健康被害の補償等に関する法律に基づく地域指定にするよう求めること。同法の拠出金は、直接の加害企業である石綿関連大企業の拠出を大幅に増やして賄うこと。

4、アスベスト疾患発症がピークを迎えるのは、2028年頃といわれている。石綿健康被害救済法には検診制度が欠けている。尼崎でのリスク調査受診者の実人数は多くなく、市民への受診の働きかけが重要である。「受診しなかった理由」の多くが「前回異常がなかったから」「自覚症状がないから」。アスベストによる肺がん、中皮腫等は、突然発症する特徴を持っていることなどを、市民に分かりやすく説明し、継続した受診者増の対策を取ること。
いつまでも「リスク調査」でなく、有効な検診制度の確立を国に求めること。
また、尼崎市内で定年まで働き、故郷に帰って生活している人が少なくなく、全国どこでもハイリスク地域で過去に生活していた元市民が検診受診を受けられる制度をつくるよう、国に求めていただきたい。
国の制度ができるまで、例えば、尼崎市で肺がん検診を復活させるとともに、ハイリスク者には「石綿健康管理手帳」を発行し、毎年の検診を促すなど、経年的な検診で、早期発見・早期治療に繋げることが可能となる制度を設けること。

5、尼崎市独自の「石綿健康管理手帳」にもとづく検診受診医療機関を大幅に増やすこと。

6、中皮腫の場合、確定診断から死亡まで、ほとんどが数ヶ月。アスベストによる肺がんの場合でも短期間で死亡する事例が多い。治療法の確立を国の責任で行うよう求めること。

以上