2015年9月11日

労災型、大阪高裁での審理始まる

藤原ノリエさん、山本美智子さんが意見陳述

国とクボタの加害責任を問う労災型の尼崎アスベスト訴訟は7日、大阪高裁202号大法廷で第1回目の弁論が行われ、100人が傍聴席を埋め、原告の藤原ノリエさん、山本美智子さんの陳述に耳を傾けました。
今年3月23日の神戸地裁判決は、労働者の命よりも産業を優先させ、国と加害企業・クボタの責任を不問とする不当なものでした。山本、藤原両氏が地裁判決を不服として控訴し、今回の高裁審理となったものです。
藤原さんは陳述で「地裁判決を聞いたとき、裁判は無駄だと思った。しかし、判決は何度読んでも納得できません。今日は夫の18年目の命日。私の後に続く被害者のためにどうしても勝ちたい。納得のできる判決を」と訴え、山本さんも「地裁判決は、夫の命が軽んじられた残念なもの。裁判所はアス ベスト被害のことを少しも理解していない。62歳で苦しみながら亡くなり、運送事業も廃業に追い込まれた被害者の気持ちを高裁は理解してほしい」と訴えました。

藤原ノリエさんの意見陳述(要旨)

3月23日の神戸地裁判決は、私の期待を打ち砕くものでした。正直なところ、私は、裁判所には期待しても無駄なのかなという思いを強く持ちました。裁判所は私たちの話を真剣に聞いてくれていなかったのではないかと思いました。私は主人の霊前に「お父さん、あかんかってん……。」と,敗訴の報告をしました。判決まで6年近くもかかりましたが、判決を聞いて、私は、裁判所には訴えても無駄だとの徒労感でいっぱいになり、正直、もう裁判はやめようと思っていました。
しかし、主人の霊前に判決の報告をして、主人のこと、介護のこと、裁判に踏み切ったこと、支援してくれた人たちのこと等を思い返しているうちに、だんだんと「納得いかない」という気持ちが強くなってきました。このままでは56歳という若さで亡くなった主人が浮かばれなく、不憫だと思うからです。一度控訴を諦めた私を、支援者の皆さんが支えて下さるということも大変勇気づけられ、もう一度、立ち上がることにしました。今日は、主人の命日です。主人がなくなってからちょうど18年、このような日に意見陳述ができることに非常なご縁を感じます。アスベストの被害は、これからまだまだ増えると聞いています。主人や、私の後に続く被害者の方々のためにも、勝たねばならないと思っています。

山本美智子さんの意見陳述(要旨)

一審は敗訴。主人の命がとても軽んじられたように思いました。一生懸命に働いて亡くなった主人があまりにかわいそうです。判決後、自宅に帰って仏前で1審判決の結果を主人に報告しました。
私たち家族は、主人の死後、大きく変わりました。主人は62歳で亡くなりました。
主人は、とても体が頑丈で体重が78㎏くらい。医師から突然、そんな主人の余命が3か月だと聞かされたとき、奈落の底に落とされた気持ちになりました。私は主人が亡くなって、精神的に参ってしまい、今でもそれを引きずり、心休まるときはありません。私と息子で、主人が必死に守ってきた山本運輸を必死で守ろうとしましたが、廃業を余儀なくされました。
私たち家族は、今も主人の死を引きずりながらそれぞれが生活しています。裁判で勝訴することで、主人こそ帰ってはきませんが、私たち家族が少しでも救われるのではないかと期待していました。しかし、それは叶いませんでした。クボタの石綿の仕事に携わっていなければ、主人は今もきっと元気に生きて、家族はみんな幸せだったと思います。本当に残念でなりません。
一審の判決文を読みました。はなから責任を否定する方向で書かれていると感じました。
主人は、本当によく働く人で、私に愚痴をこぼすことなく、朝から晩まで、働いていました。人より早くに職場に行き、人より遅くに掃除をして帰っていました。主人が働き者であったことが却って石綿を吸い込むことになり、肺がんの原因になったのではないかと思います。判決では、主人が、石綿が大量に舞う過酷な環境で働いていたことが認定されたにもかかわらず、暴露期間が短いとか、1日数時間しか働いていないからなどという理由で否定されましたが、到底納得できません。
主人が、過酷な環境で働いて、石綿を吸っていたことは間違いありません。クボタで働いた際に吸い込んだ石綿の他に、理由となる原因がないのですから、クボタや国の責任が認められるのが当たり前だと思います。高裁では、はなから責任を否定する方向ではなく、私たちの主張をしっかりと検討していただきたいと思います。そして、今度こそ、控訴審の判決にて勝訴し、私たち家族が少しでも安らげる日が訪れることを待ち望んでいます。

弁護団の弁論要旨(9月7日の審理で当方の弁護団が主張した項目です)

1、「安全配慮義務」は、抽象的危険ないし抽象的危惧があれば予見可能性があるとするのが、従来の確定判例ですが、神戸地裁判決は、これを無視した、労働者の命よりも企業活動を優先した判決。特にクボタ旧神崎工場には石綿肺の労災認定者が多数おり、石綿粉じんの大量ばく露さえ防止できていませんでした。
2、予見可能性の基礎事実である医学的知見の集積状況については、地裁判決は、医学的知見の集積状況についての認定・評価は、特に1955(昭和30)年ドール報告以降のがん原性に関する各知見について、通常言われている重要な意義をことさら無視したり、また些細な問題を過大に取り立てることによって過小評価するという誤りがあります。
3、遅くとも1964(昭和39)年~1965(昭和40)年ころまでには、予見可能性が認められるのに、地裁判決は、これを無視したことです。
4、被害者・山本さんはクボタに石綿を神戸港からトラックで運んでいました。地裁判決は、被害者山本さんが旧神崎工場において石綿粉じんにばく露した機会を過小に認定したうえ、大量に石綿粉じんにばく露したことを裏付ける各事実を無視し、その結果として、同種事案における他の裁判所の判断ともかけ離れた判断をしてしまっています。是正されなければなりません。
5、被害者・藤原さんの肺がんは、石綿曝露に起因するものです。被害者藤原さんは,溶接工ないし製缶工として,10年以上にわたって働いてきました。職業柄、石綿製品を取り扱っていました。解剖の結果、被害者藤原さんの肺の上葉という部分には乾燥肺1g当たり1476本の石綿小体が発見されています。ヘルシンキクライテリアという基準があります。それによれば、1000本以上の石綿小体が認められた場合、職業性曝露の可能性が高いとされています。地裁判決は明らかな誤りです。
6、大量の石綿に曝露したか否かを問題にすべきではありません。科学的にも、石綿曝露には安全な閾値がないとされています。わずかな量の石綿に曝露しただけでも、肺がんを発症し得るのです。被害者藤原さんの肺がんは、肺がんの中でも喫煙の影響が低いとされる肺腺癌です。喫煙だけの影響で被害者藤原さんの肺腺癌が発症したということは考えられません。
7、国は、被害者藤原さんについて,労働災害と認定しながら、裁判においては,労災認定は1つの考慮要素に過ぎないとして、石綿ばく露を否定するという矛盾した主張をしており、その訴訟態度は信義に反するものです。

以上