2015年12月10日

労災型・控訴審での第2回弁論の骨子

2015年12月4日の、尼崎アスベスト訴訟・労災型の控訴審第2回弁論で弁護団が主張した骨子を紹介します。

第1章 予見可能性について

第1 過失ないし安全配慮義務違反の判断枠組み(原判決93頁以下)の判例違背
1 企業責任(被控訴人クボタの責任)における予見可能性
(1)抽象的危険ないし抽象的危惧があれば予見可能性がある(確定判例)
企業の安全配慮義務違反・不法行為責任が問われる際の「予見可能性の程度」とは,「重大な生命・健康被害が発生するおそれという抽象的危険ないし抽象的危惧を認識していること又はその認識可能性があることで足り,必ずしも生命・健康に対する障害の性質,程度や発症頻度まで具体的に認識し得る必要はない」というのが確定判例です(長崎じん肺訴訟控訴事件・福岡高判平成元年3月31日判例時報1311号36頁ほか)。
この根拠は,特別な社会的接触の関係に入った労働者(下請人の被用者等も含む。)に対しては社会生活上の一般的な義務を超える程度の注意義務を負い,企業が他人を使役して経済的利益を享受する以上は労働者らの生命・健康に配慮すべきだからであり,安全配慮義務違反・不法行為責任を通じて認められています(関西保温工業事件,三井倉庫事件)(以上、控訴理由書)。
(2)企業を免責する原判決の誤り(原判決の判例違背)
ところが,原判決は,予見可能性があるというためには①抽象的な危惧では足りない,②ばく露水準ごとの健康被害の医学的知見の確立が必要だと述べます。この原判決の誤りは控訴理由書で指摘したとおりです。
原判決の論理に従えば,企業は,危険性が一部で指摘され,安全性が確認されていない化学物質や鉱物を大量に使用し,大量の被害者が出たとしても,すべて免責されてしまいます。これは,人の命や健康を犠牲にしてでも企業の制約なき利潤追求を優先するという倒錯した価値判断と言わざるを得ません。企業は,経済力,情報収集能力があるがゆえに危険性を容易に知りうる立場にあり,また当該活動によって利益を得る立場にもあるので,相応の根拠をもって危険性が指摘された物質を扱うのであれば,情報を収集し,万全の対策を講じた上で企業活動を行うことが当然に求められるはずだからです。このことは、新潟水俣病事件(新潟地方裁判所昭和46年9月29日)・熊本水俣病事件(熊本地方裁判所昭和48年3月20日)判決で明らかにされています。前者では,「化学企業が製造工程から生ずる排水を一般の河川等に放出して処理しようとする場合においては,最高の分析検知の技術を用い,排水中に有害物質の有無,その性質,程度等を調査し,これが結果に基づいて,いやしくもこれがため,生物,人体に危害を加えることのなよう万全の措置をとるべきである」と判示しています。
(3)曝露防止策は共通である
また、当該曝露水準により何らかの重大な健康被害が発生するとの医学的知見が確立していることを必要とするという原判決も誤りです。
なぜなら、石綿関連疾患(石綿肺,肺がん,中皮腫等)はいずれも石綿粉じんを吸入することによって生じる呼吸器疾患であり,その対策は,石綿粉じんばく露を防止することなので、少量であれ大量であれ,企業がとるべき結果回避措置は異なりません。石綿関連疾患の医学的知見は,石綿肺,肺がん,中皮腫の順に集積されてきましたが,石綿肺の知見が明らかになった時点で粉じんばく露防止が適切に行われていれば,肺がん等も防止できました。したがって、石綿肺についての予見可能性があれば,肺ガンや中皮腫被害者との関係でも,企業は安全配慮義務を負うとするのが確定した判例です(以上、控訴理由書)。第1準備書面でも指摘したとおり、三井倉庫事件(神戸地方裁判所平成21年11月20日)、日通・クボタ事件(神戸地方裁判所尼崎支部平成24年6月28日)、日通・クボタ事件(神戸地方裁判所尼崎支部平成24年6月28日)でも共通しています。これまでのアスベスト訴訟では,少量曝露の事案も含めて石綿肺と中皮腫・肺がんとの間には,結果回避措置の内容において違いはないとの前提に立って,石綿肺の知見が集積された昭和35年(曝露の始期との関係で40年ごろの認定もある)ごろには,予見が可能であったというのが確定判例となっています(そのほかにも判例多数)。
2 国家賠償責任(国の責任)おける予見可能性(原判決の判例違背)
国の規制権限不行使の違法性が問題となる場合の予見可能性も,企業責任と同じです。規制権限は,本件のように規制による不利益が事業者の経済的利益にすぎず被害法益が国民の生命・健康というもっとも尊重されるべき法益である場合には,法律の目的及び各規定に鑑みて「できる限り速やかに,技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく,適時にかつ適切に行使されるべき」であり(筑豊じん肺事件・最判平成16年4月27日判決),医学的知見の程度に応じて求められる規制のあり方は高度化していくというのが最高裁判例の確立した考え方です。規制権限行使を義務付けるに足る知見の集積程度としては,規制の内容いかんにかかわらず,およそあらゆる場合に知見の「確立」が必要とされるものではなく,なされるべき規制との均衡を考慮しながら,規制根拠法の趣旨,目的,石綿健康被害固有の事情等に即して段階的に判断されなければなりません。

第2章 予見可能性の基礎事実である医学的知見の集積状況について

第1 はじめに
原判決の医学的知見の集積状況についての認定・評価は,特に1955(昭和30)年ドール報告以降のがん原性に関する各知見について,通常言われている重要な意義をことさら無視したり,また些細な問題を過大に取り立てることによって過小評価するという誤りがあります。さらには,「石綿肺を発症するに至らない」低濃度の石綿曝露という,集積過程における医学的議論と離れた独自の基準による評価を行っており,極めて問題が多い認定・判断であると言わざるを得ません。
第2 石綿による肺がんの医学的知見は信頼性が高いと評価されるべき程度に至った時期について
1 石綿による肺がんの医学的知見として歴史的に見て画期をなしたのが,1955(昭和30)年のドール報告(甲B3)であることは様々な文献上の記述を見ても明らかです(控訴理由書p58~59)。ドール報告は,それに先行してアスベストと肺がんとの関わりを示唆した1935(昭和10)年のGloyneの報告書や同年のLynch&Smithの報告書を受けて,アスベストと肺がんの関係を疫学的に証明したものと医学者の間で評価されています。
2 そして,控訴人らがこの控訴審で強調しているのが,1964(昭和39)年に刊行されたWHOのTechnical Report Series No 276 「Prevention of cancer(注,がん予防)-Report of a WHO Expert Committee」の報告です。この報告は,1963(昭和38)年11月,WHOがジュネーブでがん予防に関する専門家委員会を開催して,がん予防の国際的な知見を点検した結果をまとめたものです(甲B232の2p1,2)。その中で,「十分な証拠がある(well-documented evidence)」「職業性発がん物質(some of the occupatinal carcinogens)」として,アスベストが挙げられ,アスベストによる疾患として肺がんが例示されています(甲B232の1・2。甲B56の1p18,甲B56の3p2の20番)。
1955(昭和30)年のドール報告から,この報告の基になった1963(昭和38)年11月のWHO「がん予防に関する専門家委員会」までの間に,石綿と肺がんの関係に関して歴史的評価を受けている医学報告は見当たりません(本件第1審判決p83~88でも,泉南2陣訴訟高裁判決でも,その間の報告として認定されている医学的知見はない)。したがって,WHOのTechnical Reportは,ドール報告を主たる根拠として,アスベストは十分な証拠がある職業性発がん物質であり,その疾患例として肺がんがあると報告したものと考えられます。そうすると,1955(昭和30)年のドール報告をもって,石綿と肺がんの関係を肯定する基本的なコンセンサスが国際的に形成されていたものと認められるべきです。
3 仮に百歩譲って,本件第1審判決や従来の裁判例がそうであるように,医学的知見の集積が十分になったと言える時期の認定においては,ILO,IARCなどの国際機関の報告を重視するとしても,それと同じ評価基準で評価するならば,1964(昭和39)年に刊行されたWHOのTechnical Reportでの前述の報告,さらに同年にUICC(国際対がん連合)がそのレポートで「アスベスト曝露と悪性新生物との関連を示す証拠がある」と明瞭に記述したこと(甲B66)をもって,石綿による肺がんの医学的知見は信頼性が高いと評価されるべき程度に至ったものと認められるべきです。

第3章 被害者山本さんの曝露

第1 被害者山本さんは旧神崎工場において大量の石綿にばく露していたこと
被害者山本さんは,昭和36年6月に山本運輸に入社して以降,昭和41年ないし昭和42年ころまでの間,石綿原料の搬入や石綿管の搬出作業に従事していました。
被控訴人クボタや被控訴人国は,被害者山本さんは,石綿管の搬出作業は行っていたが,石綿原料の搬入作業は行っていなかった等と主張していますが,決してそのようなことはありません。
第2 証言の信用性
被害者山本さんが,石綿原料の搬入作業を行っていたことは,原判決でもきちんと認定されています。石綿原料の搬入作業を行っていなかったとする被控訴人クボタの主張を,原判決は,詳細な理由を挙げて排斥しています。
そもそも,被控訴人クボタは,別件訴訟において,石綿原料の運搬につき,「1962年から1967年ころまで山本運輸等を使用していた。」と主張しており,石綿原料の搬入は,被害者山本が勤務していた山本運輸を利用していたことを認めていました。
被害者山本さんが,石綿原料搬入作業を行っていたことは,元クボニ従業員の山口靖萬(やすたか)さん,被害者山本さんの同級生である田中眞次さんらの具体的証言もありますし,山本さんの実兄である山本俊夫さんの証言もあります。山本俊夫さんの証言は,当時の客観的な状況と何ら矛盾するものではなく,信用できるものです。
第3 他の事案との比較
被害者山本さんが旧神崎工場においてばく露した石綿粉じんの量は,石綿原料の運搬に携わった者について石綿ばく露を認定した他の訴訟事件(日通・クボタ事件,三井倉庫事件,泉南アスベスト訴訟第2陣)と比較しても,それらの事案と同等もしくはそれ以上であり,同種の事案との比較からも,被害者山本さんが石綿粉じんに大量ばく露したことが認められるべきことは明らかです。
第4 現業従業員の労災人数と被害者山本の石綿ばく露量について
被控訴人クボタは、粉塵作業とばく露量の図を示し,自ら発塵作業を行う者の粉じんばく露量,発塵作業の直近でのばく露量,それ以外の場所でのばく露量は異なるのであり、被害者山本のばく露量が多いはずはないと主張します。しかし、被控訴人クボタの示す例は、電気溶解作業の粉じんばく露に関してですが,軽く,浮遊性のある石綿とでは,性質が全く異なるので,例として不適切です。
また,被控訴人クボタの主張が正しいのであれば,旧神崎工場の敷地外には,ほぼ石綿は飛散しないはずですが,被控訴人クボタが救済金を支払っている周辺住民は,平成27年5月12日の段階で276人もいるのですから(甲C109),被控訴人クボタの主張は不合理です。
第5 非現業従業員との関係について
被控訴人クボタは,非現業従業員が,石綿に密接に関与することもあると主張し、非現業従業員でも配属期間6年で肺がんになった者がいない以上、被害者山本が肺がんになる訳が無いとします。しかし,被控訴人クボタが証拠とする各工場長からの報告書面に、非現業従業員が,現業従業員と同じように石綿に密接にかかわりながら作業をしているというような記載は存在しません。むしろ、工場外に石綿が飛散するような状況において、毎日2時間程度の作業を石綿倉庫内で行っていた被害者山本の方が,非現業従業員よりも、圧倒的にばく露量が多いといえるのです。
第6 訴外T氏の石綿肺と,旧神崎工場敷地内大量飛散の関係について
被控訴人クボタは,訴外T氏の石綿肺は,T氏が過去に行っていた溶接作業の影響が考えられるとして、旧神崎工場敷地内の大量飛散を推認させるものではないとします。しかし,そもそも,被控訴人クボタは救済金支給の条件として,職業歴で過去に石綿を取り扱っていないことを挙げています(甲C42)。とすれば,被控訴人クボタの主張は,救済金を支給した事実と矛盾するものですし,また,可能性を主張するものにすぎず,なんら根拠のないものです。

第4章 被害者藤原さんの曝露

第1 被害者藤原さんの肺がんは,石綿曝露に起因するものです。被害者藤原さんは,溶接工ないし製缶工として,10年以上の間,働いてきました。職業柄,石綿製品を取り扱っていました。解剖の結果,被害者藤原さんの肺の上葉という部分には乾燥肺1グラム当たり1476本の石綿小体が発見されています。
第2 ヘルシンキクライテリアという基準があります。ある人が肺がんになった際,それが石綿によるものか否かを判断する基準です。科学的には,累積曝露量,つまり,合計でどれだけの量の石綿に曝露したかが重要とされています。
しかし,かつて,被害者藤原さんが曝露した頃は,石綿の濃度など測定されていませんでした。石綿濃度がわからないのです。そのため,石綿曝露作業に携わっていた期間が10年以上か否かで判断するとされました。石綿の濃度を問題にしないのです。日本でも,このヘルシンキクライテリアと同じ考えが採用されています。そのため,被害者藤原さんは,労働基準監督署長から労働災害として認定を受けています。
第3 しかも,被害者藤原さんは,石綿の濃度という観点からでも,石綿曝露が裏付けられています。肺の上葉に1476本もの石綿小体が発見されているのです。1000本以上の石綿小体が認められた場合,職業性曝露の可能性が高いとされています。
その上,被害者藤原さんの石綿小体の数は,その検出部位と石綿の種類の点で,二重に少ない数でした。石綿小体は,肺の下葉にたくさんできます。ですので,下葉を調べるのが通常です。しかし,被害者藤原さんの場合,技術的な問題から,肺の「上葉」という,石綿小体が貯まりにくい場所で測定されていました。
また,被害者藤原さんが曝露した石綿の種類は,白石綿(クリソタイル)です。この白石綿は,石綿小体ができにくい種類の石綿でした。大阪高裁判決平成25年2月12日では,被害者藤原さんと同じく,白石綿に曝露し肺腺癌で死亡した事件で,741本の石綿小体で労働災害と認定しているのです。
第4 神戸地裁は,不当な判断を下しました。
まず,因果関係の判断は,ヘルシンキクライテリアに基づくべきです。高裁の裁判例や労災基準は,石綿曝露への従事期間を主な判断基準に据えたヘルシンキクライテリアに基づいており,神戸地裁の判断はこれに反するものです。
大量の石綿に曝露したか否かを問題にすべきではありません。科学的にも,石綿曝露には安全な閾値がないとされ,WHOもこれを認めています。わずかな量の石綿に曝露しただけでも,肺がんを発症し得るのです。
また,喫煙の影響を過大評価すべきではありません。被害者藤原さんの肺がんは,肺がんの中でも,喫煙の影響が低いとされる肺腺癌です。喫煙だけの影響で被害者藤原さんの肺腺癌が発症したということは考えられません。
第5 以上から,被害者藤原さんの肺腺癌が石綿曝露に起因するものとはいえないとした,神戸地裁の判断は,事実認定及び事実評価において,重大な誤りを犯しているのであり,控訴審において,正されるべきです。
第6 なお,被控訴人である国は,被害者藤原さんについて,労働災害と認定しながら,裁判では,労災認定は1つの考慮要素に過ぎないとして,石綿ばく露を否定するという矛盾した主張をしており,その訴訟態度は信義に反するものです。

以上