2015年9月10日

大阪高裁 尼崎アスベスト訴訟(労災型) 第1回弁論レジュメ

大阪高裁で、2015年9月7日に行われた、尼崎アスベスト訴訟(労災型)の第1回弁論の要旨は、次の通りです。

第1 過失ないし安全配慮義務違反の判断枠組みの判例違背

1 企業責任(クボタの責任)における予見可能性
(1)抽象的危険ないし抽象的危惧があれば予見可能性がある(確定判例)
企業の安全配慮義務違反・不法行為責任が問われる際の「予見可能性の程度」とは,「重大な生命・健康被害が発生するおそれという抽象的危険ないし抽象的危惧を認識していること又はその認識可能性があることで足り,必ずしも生命・健康に対する障害の性質,程度や発症頻度まで具体的に認識し得る必要はない」というのが確定判例です(長崎じん肺訴訟控訴事件・福岡高判平成元年3月31日判例時報1311号36頁ほか)。
この根拠は,特別な社会的接触の関係に入った労働者(下請人の被用者等も含む。)に対しては社会生活上の一般的な義務を超える程度の注意義務を負い,企業が他人を使役して経済的利益を享受する以上は労働者らの生命・健康に配慮すべきだからであり,安全配慮義務違反・不法行為責任を通じて認められています(関西保温工業事件,三井倉庫事件)。
(2)原判決の誤り(原判決の判例違背)
ところが,原判決は,予見可能性があるというためには①抽象的な危惧では足りない,②ばく露水準ごとの健康被害の医学的知見の確立が必要だと述べ,その理由として,①ばく露水準等を一切無視し抽象的な危惧で足りるとすれば,「国や企業は,具体的にどのような結果回避措置を採るべきか不明な状況であっても責任を負わなければならなくなり,結局,それは結果責任を国や企業に負担させるに等し(い)」(原判決95頁以下),②大量ばく露により健康被害が生じるとの医学的知見が確立していたとしても当該水準以下のばく露による健康被害を予見し結果を回避すべき義務を基礎づけることができないといいます。
しかし,企業を安易に免責した原判決の論理は誤りです。石綿関連疾患(石綿肺,肺がん,中皮腫等)はいずれも石綿粉じんを吸入することによって生じる呼吸器疾患であり,その対策は,石綿粉じんばく露を防止することです。石綿関連疾患の医学的知見は,石綿肺,肺がん,中皮腫の順に集積されてきましたが,石綿肺の知見が明らかになった時点で粉じんばく露防止が適切に行われていれば,肺がん等も防止できました。すなわち,ばく露濃度いかんによって【ばく露防止】という結果回避措置に違いはなく,抽象的危険があれば,ばく露水準ごとの予見可能性や結果回避措置は問題になりません。
(3)クボタに対して濃度水準論を適用する誤り
特にクボタ旧神崎工場には石綿肺の労災認定者が多数おり,石綿粉じんの大量ばく露さえ防止できていませんでした。原判決の理屈では,同じ工場で大量曝露したのに,石綿肺の場合は予見可能性があり,肺がんの場合は予見可能性がないという、不平等・不公平な結果となってしまいます。
(4)石綿使用企業には調査義務がある
さらに,予見可能性の程度につき抽象的危険・抽象的危惧で足りるというのは,調査義務・情報収集義務があることと表裏一体です(原審における原告第4準備書面参照)。企業は,労働者を雇用して営利を追求する以上,雇用する労働者に対して安全な労働環境を確保する必要があり,使用する原材料等の情報にも関心を持っています。そうすると,営業活動中に抽象的危険を感じた場合,労働者に健康被害が生じないよう,原材料等の安全性に関する調査研究を尽くして被害発生を避けるべきです。クボタは石綿製品のリーディングカンパニーなので,こうした義務を果たすのは容易なはずです。
2 国家賠償責任(国の責任)おける予見可能性(原判決の判例違背)
国の規制権限不行使の違法性が問題となる場合の予見可能性も,企業責任と同じです。国賠責任が問題となった泉南アスベスト訴訟第2陣・大阪高裁判決(平成25年12月25日)(甲B201,263頁)では,低濃度ばく露によって発症する中皮腫事案においても,石綿粉じんばく露防止措置・結果回避措置が他の疾患の場合と異ならないとして予見可能性を認めており,ばく露水準ごとの予見可能性という立場に立っていません。

第2 予見可能性の起訴事実である医学的知見の集積状況について

1 はじめに
原判決の医学的知見の集積状況についての認定・評価は,特に1955(昭和30)年ドール報告以降のがん原性に関する各知見について,通常言われている重要な意義をことさら無視したり,また些細な問題を過大に取り立てることによって過小評価するという誤りがあります。さらには,「石綿肺を発症するに至らない」低濃度の石綿曝露という,集積過程における医学的議論と離れた独自の基準による評価を行っており,極めて問題が多い判断であると言わざるを得ません。
2 1960(昭和35)年時点で,予見可能性が認められること
旧じん肺法が制定された1960(昭和35)年時点において,我が国では,石綿粉じんはそれに数年以上曝露すると石綿肺という重篤な健康被害を被らせる有害物質であること,石綿肺は死に至る可能性のある疾病であること,被害者山本が従事していた石綿の積み降ろしの作業を含めて職業曝露を受ける作業については「粉じん作業」として特別に規制しなければならないこと,その職業曝露を防止するためには粉じんの発散抑制と保護具の使用が必要であること,のそれぞれが認識されて,それらが法制化されました。海外では,1955(昭和30)年には石綿による肺がんを疫学的に証明したドール報告も出されていました。また1960(昭和35)年には石綿による中皮腫について,職業曝露以外に環境曝露による発症があることや,低濃度での発症例が見られることがワグナーらによって報告されていました。
それら医学的知見からすれば,石綿肺のみならず,肺がん,中皮腫等の石綿関連疾患の発症機序としては,いずれも石綿粉じんへの曝露によるのであって,特段,他の要因が要求されているわけではありません。結果回避措置としては,労働者が石綿粉じんに曝露することを防止する以外に方法はなく,いずれの疾患でも変わりはありません。そうである以上,被控訴人らは1960(昭和35)年時点で,石綿粉じんに職業上曝露することによって労働者の健康,生命に重大な損害が生ずる危険性があることは,十分予見できました。そして,石綿粉じんへの曝露による健康被害自体が,通常損害と考えられるべきです。これは,泉南2陣訴訟の大阪高裁平成25年12月25日判決(甲B201p263頁)で示され,確定した判断です。
3 遅くとも1964(昭和39)年~1965(昭和40)年ころまでには,予見可能性が認められること
先ほど述べた1955(昭和30)年のドール報告,1960(昭和35)年のワグナーらの報告の後も,1964(昭和39)年のオーエン報告,1964(昭和39)年のセリコフ報告,1965(昭和40)年のニューハウス報告など,1960年代半ばころまでには,石綿製品製造作業に従事する労働者に限らず,石綿への断続的もしくは間接的な曝露であって低濃度もしくは少量曝露を受けるにすぎない労働者,さらには環境曝露を受けるにすぎない石綿工場周辺住民にも肺がんや中皮腫を発症させる危険があることが繰り返し報告されました。
他方,WHOは1963(昭和38)年に発行したTechnical Report Series No276(甲B232)の中で,十分な証拠がある職業性発がん物質の一つとしてアスベストを明記し,その例として肺がんを挙げています。さらにUICC(国際対がん連合)は,1964(昭和39)年のUICCレポートで「アスベスト曝露と悪性新生物との関連を示す証拠がある」と明瞭に記述していました。
以上からすれば,遅くとも1964(昭和39)年~1965(昭和40)年ころまでには,石綿に発がん性があること,しかも少量もしくは低濃度曝露でもその危険があること,具体的には,石綿加工に直接従事する作業でなくても,同一工場内での事務作業,間欠的に低濃度曝露となる断熱作業のような作業,さらには石綿工場周辺で居住したり労働するにすぎない場合でも,がんを発症する危険があるということは十分予見できたと認められなければなりません。
この点原判決は,1973(昭和48)年のIARCの研究書によって,「石綿肺を発症するに至らない低濃度の石綿曝露によっても中皮腫を発症する可能性があることが国際的にも認められた」とし,「1972(昭和47)年のILOの報告書及び1973(昭和48)年のIARCの研究書によって,石綿の肺がん起因性が国際的に認められた」と認定しています。しかしILOの報告書に引用されている疫学論文は,1965(昭和40)年前後までの前述の論文です。1973(昭和48)年のIARCの研究書は,1964(昭和39)年のUICC委員会レポートを踏まえた上で新しい知見を追加したものです。ですから,アスベストに発がん性があること,しかも少量もしくは低濃度曝露でもその危険があることは,1964(昭和39)年のUICC委員会レポートによって既に認められていたことです。1972(昭和47)年のILO報告等は,それを改めて確認したものにすぎません。

第3 被害者山本さんの石綿曝露について

1 被害者山本さんの旧神崎工場における石綿ばく露状況
被害者山本さんは,昭和36年6月に山本運輸に入社して以降,昭和41年ないし昭和42年ころまでの間,当初はほぼ毎日,昭和40年ころからは週に2,3回程度,石綿製品の搬出作業に従事するとともに,石綿原料の搬入作業についても高い頻度で従事していました。
搬入作業の際には,被害者山本さんは,旧神崎工場の石綿倉庫内で,自ら手鉤を用いて10トントラックの荷台一杯に積まれたドンゴロスを倉庫内に降ろし,ドンゴロスを降ろし終わった後には,トラックの荷台をほうきで掃いて清掃しており,搬入作業1回につき平均で少なくとも2時間以上は石綿倉庫内に滞在していました。その石綿倉庫内では,手鉤の使用により破れて補修も十分にされていないドンゴロスが放り投げられたりすることで,ドンゴロスから漏れ出た石綿粉じんが周囲に飛散していました(原判決68頁)。そのため,石綿倉庫内は常にほこりっぽい状態であり,床にドンゴロスを置くと,ざらざらとした白っぽいほこりが舞う状態でしたが(原判決68頁),散水等の粉じん対策はなされておらず(原判決67頁),山本さんは大量の石綿粉じんにばく露していました。
また,搬出作業における石綿製品の積み卸しの際には,保管中に石綿管の表面に堆積するなどした石綿粉じんが飛散していました。そして,被害者山本さんは,搬出作業のために,1回あたり少なくとも1時間程度,旧神崎工場の敷地内に滞在し,石綿管に堆積した石綿粉じんや工場敷地内に飛散していた石綿粉じんにばく露していました。
2 被害者山本さんの石綿ばく露を裏付ける事実
そして,以上のように,被害者山本さんが旧神崎工場において大量の石綿粉じんにばく露していたという事実は,①山内・保井訴訟判決が石綿ばく露の認定の根拠とした浅田さんの証言において,旧神崎工場の敷地外であっても石綿粉じんが多量に飛散している状況であったとされていること,②旧神崎工場近くの製管工場で働いたり,寝泊まりはしていたものの,旧神崎工場に出入りはしていなかった鶴谷詎量さんが石綿肺へ罹患し,その肺から国の石綿疾病の救済基準の10倍以上に相当する石綿繊維(乾燥肺1グラム中7570万本の石綿繊維)が検出されたこと,③被害者山本さんが頻繁に旧神崎工場に立ち入っていた期間(昭和36年〜昭和42年まで)において,同工場で事務所内勤務をし,石綿粉じんの直接曝露の機会がなかった者の中にも中皮腫となった者が存在していたこと,④被害者山本さんが頻繁に旧神崎工場に立ち入っていた期間は,同工場において年間1万トン前後の石綿が使用され,クボタの歴史の中でも特に多量の石綿が使用されていた時期であること等の事実からも裏付けられます。
3 被害者山本さんは,同種の事案と比較しても,大量ばく露と認められるべきこと
また,被害者山本さんが旧神崎工場においてばく露した石綿粉じんの量は,石綿原料の運搬に携わった者について石綿ばく露を認定した日通・クボタ事件,三井倉庫事件,泉南アスベスト訴訟第2陣と比較しても,それらの事案と同等もしくはそれ以上であり,同種の事案との比較からも,被害者山本さんが石綿粉じんに大量ばく露したことが認められるべきことは明らかです。
4 小括
以上のように,原判決は,被害者山本さんが旧神崎工場において石綿粉じんにばく露した機会を過小に認定したうえ,被害者山本さんが大量に石綿粉じんにばく露したことを裏付ける各事実(上記2の①から④)を看過し,その結果として,同種事案における他の裁判所の判断ともかけ離れた判断をしてしまっています。被害者山本さんが大量の石綿粉じんにばく露したものとまでは認められないとする原判決の判断は,是正されなければなりません。
第4 被害者藤原さんの肺がんは石綿曝露に起因すること
1 被害者藤原さんの肺がんは,石綿曝露に起因するものです。被害者藤原さんは,溶接工ないし製缶工として,10年以上の間,働いてきました。職業柄,石綿製品を取り扱っていました。解剖の結果,被害者藤原さんの肺の上葉という部分には乾燥肺1グラム当たり1476本の石綿小体が発見されています。
2 ヘルシンキクライテリアという基準があります。ある人が肺がんになった際,それが石綿によるものか否かを判断する基準です。科学的には,累積曝露量,つまり,合計でどれだけの量の石綿に曝露したかが重要とされています。
しかし,かつて,被害者藤原さんが曝露した頃は,石綿の濃度など測定されていませんでした。石綿濃度がわからないのです。そのため,石綿曝露作業に携わっていた期間が10年以上か否かで判断するとされました。石綿の濃度を問題にしないのです。日本でも,このヘルシンキクライテリアと同じ考えが採用されています。そのため,被害者藤原さんは,労働基準監督署長から労働災害として認定を受けています。
3 しかも,被害者藤原さんは,石綿の濃度という観点からでも,石綿曝露が裏付けられています。肺の上葉に1476本もの石綿小体が発見されているのです。1000本以上の石綿小体が認められた場合,職業性曝露の可能性が高いとされています。
その上,被害者藤原さんの石綿小体の数は,その検出部位と石綿の種類の点で,二重に少ない数となっていました。石綿小体は,肺の下葉にたくさんできます。ですので,下葉を調べるのが通常です。しかし,被害者藤原さんの場合,技術的な問題から,肺の「上葉」という,石綿小体が貯まりにくい場所で測定されていました。
また,被害者藤原さんが曝露した石綿の種類は,白石綿(クリソタイル)です。この白石綿は,石綿小体ができにくい種類の石綿でした。大阪高裁判決平成25年2月12日では,被害者藤原さんと同じく,白石綿に曝露し肺腺癌で死亡した事件で,741本の石綿小体で労働災害と認定しているのです。
4 神戸地裁は,不当な判断を下しました。
まず,因果関係の判断は,ヘルシンキクライテリアに基づくべきです。高裁の裁判例や労災基準は,石綿曝露への従事期間を主な判断基準に据えたヘルシンキクライテリアに基づいており,神戸地裁の判断はこれに反するものです。
大量の石綿に曝露したか否かを問題にすべきではありません。科学的にも,石綿曝露には安全な閾値がないとされています。わずかな量の石綿に曝露しただけでも,肺がんを発症し得るのです。
また,喫煙の影響を過大評価すべきではありません。被害者藤原さんの肺がんは,肺がんの中でも,喫煙の影響が低いとされる肺腺癌です。喫煙だけの影響で被害者藤原さんの肺腺癌が発症したということは考えられません。
5 以上から,被害者藤原さんの肺腺癌が石綿曝露に起因するものとはいえないとした,神戸地裁の判断は,事実認定及び事実評価において,重大な誤りを犯しているのであり,控訴審において,正されるべきです。
6 なお,被控訴人である国は,被害者藤原さんについて,労働災害と認定しながら,裁判においては,労災認定は1つの考慮要素に過ぎないとして,石綿ばく露を否定するという矛盾した主張をしており,その訴訟態度は信義に反するものです。

以上