2012年2月1日

わが心、わが思い……母を中皮腫で亡くした保井祥子さん

2012年1月28日の尼崎医療生協アスベスト問題学習会で、クボタと国の責任を問う環境型裁判の原告の一人、母親を悪性胸膜中皮腫で失った保井祥子さんが訴えを行いました。発言の要旨を紹介します。

いつも、裁判(の傍聴)にたくさん来ていただいて、私は本当に大きな力をいただいています。

苦しんで、苦しんで、死を待つだけのつらい日々

(母親が)アスベストの病気(悪性胸膜中皮腫)にかかって、何の治療方法もない、ただ死ぬ日を待っているだけの生活。あの1年はすごくつらかったんです。

母は、苦しんで、苦しんで、そして、家につれて帰ってからの家族でなくては分からない苦労。見ていられないおかあさんの状態……そんな思いを一年間味わいました。

そして、母が亡くなってから、裁判のお話を聞き、私は障害者で、父親は年をとっていて、裁判なんてできるのかと本当に悩みました。

人生を狂わせたクボタと国に、責任を認めて謝ってほしい

でも、許せない。(クボタと国に)絶対に謝ってほしいと思いました。

私達はアスベストと全然関係ない生活をしていて、それが(アスベストによる健康被害で)生活は一変して、私たちの人生が狂わされたように思います。

障害者で何ができるかなーと、父親とも意見が違い、裁判はやめろとか言われたけど、私は絶対、訴えたいと思って裁判に参加しました。

母親は、私が障害者だから、小さいときから「なんぼ障害があっても自分の命は大切にしなあかん」と言われて、ずっと育てられてきました。

「いのちを大切にせなあかん」…でも母はクボタに殺された

「自殺だけはしたらあかん。絶対あかん」と言われて育てられてきた。それなのに母は(クボタに)殺されたようなかたち。

歳をとって、人間は誰でも死ぬことはしょうがないことです。でも、アスベストに殺されたと私は思っています。

企業はアスベストを使わなくても、何ぼでもほかの方法ある。でも、人間の命は絶対もどらない。そんなこと一つもわかってへんなと思っているんです。

それに私は、「絶対ウソをついたらあかん」といって育てられてきました。でも、私は、母が亡くなるとき、アスベストによる中皮腫ということを絶対隠して、知られないようにして、最後に大きな大きなウソをついてしまったのです。アスベストのことを母親にひとことも話をしなかった。でも母親は感じていたと思うのです。

クボタが謝ってくれれば、私は母に謝る

このこといつかは(母親に)謝らなあかん。でもクボタが謝ってくれなければ、私は母に謝らんとこと思っている。

クボタが謝らないのに、なんでわたしが謝るのか。そのことを思い、裁判に絶対勝利したいと思っています。

裁判官に心ある判断をしてほしいと思っています。

これからもみなさん、応援してください。

以上