2012年4月10日

第14回 アスベスト被害・法律、医療相談会

父親が悪性中皮腫で闘病中、祖母も中皮腫で死亡。深刻な相談が相次ぐ

2012年4月1日(日)、尼崎市立小田地区会館で開催した第14回アスベスト被害・医療、法律相談会に、5件、7人が相談に訪れました。

Yさん(50歳)は悪性中皮腫と診断され、兵庫医大で闘病中です。石綿救済法の手続きの相談に姉弟で来られました。長女の上司が「会」のホームページに相談会が紹介されていると教えられて、この日の相談に来られたと言います。

Yさんは、アスベストに関わる仕事ではなく、生まれてから昭和59年まで、尼崎市杭瀬北新町に、それ以降は、次屋3丁目に居住しており、いずれも、クボタ旧神崎工場の近くです。通学も杭瀬小学校、小田南中学校、尼崎工業高校と、クボタの至近距離でした。尼崎市保健所を通じて環境再生保全機構に申請し、認定を受けた段階でクボタと交渉することにしました。また、相談の中で、Yさんの母親も17年前に中皮腫で死亡していたことが判明。当時は中皮腫そのものの事例が少なく、兵庫医大から検体の依頼を受け、記録が残っている可能性があるため、兵庫医大で証明をしてもらい、書類が整い次第、環境再生保全機構に申請する予定です。

Iさん(80歳)は、「4年前から尼崎市保健所で継続してリスク調査を受けているが、結果が返ってこない」と尼崎市の対応に不審を抱いていました。生まれてから昭和32年まで尼崎市常光寺、それ以降、長洲中通や長洲東通に居住しており、不安な毎日です。多田相談員(尼崎医療生協病院・MSW)が保健所に問い合わせ、保健所が結果を教えなければ、専門医の診察を案内する事としました。

IKさん(70歳)は、尼崎市報の案内を見て、5年前に夫が肺がんで亡くなった件で相談に見えました。昭和37年から尼崎市食満に在住。食満には、クボタの石綿菅(不良品)を粉砕する工場があったことで、「アスベストが肺がんの原因だったのでは」との相談です。県立尼崎病院などに保存されている胸部X線フィルム、CTなどを取り寄せ、専門医に読影してもらい、労災・環境の申請援助を行う事となりました。

Kさん(73歳)は、40年間にわたって、ボイラー、焼却炉に関わる仕事に従事してきたこと、昭和40年から尼崎市長洲東通、長洲本通、長洲西通に住み続けてきたことから、本人自身の健康不安を訴えました。尼崎医療生協がアスベスト検診を充実させたことから、近くの診療所で検診を受けるよう勧めました。

以上