2012年8月23日

MBSラジオ「たね蒔きジャーナル」に原告の山内さん、八木弁護団事務局長が生出演

クボタからのアスベストの飛散を「公害」として初めて認定

しかし、国の責任は不問-神戸地裁判決

クボタ旧神崎工場の周辺で働いていたり、生活していた人の遺族が、国とクボタを相手に起こした尼崎アスベスト訴訟は、先日神戸地裁で判決が言い渡されました。クボタはこれまで、企業の「社会的責任」として、工場労働者や近隣住民らに救済金を支払っていますが、救済ではなく、明確な加害責任を求めて起こされた裁判です。判決は企業責任を初めて認め、アスベストの飛散を「公害」として初めて認定しましたが、工場からの距離によってその判断は分かれ、国の責任については認めませんでした。きょうはスタジオに原告のお一人と弁護士をお招きし、国と企業の責任についてお聴きします。(MBSラジオの番組ホームページから)

 2012年8月20日(月)の「たね蒔きジャーナル」(MBSラジオ・21:00~22:00)に原告の山内康民さんと弁護団事務局長の八木和也弁護士が生出演。水野晶子アナウンサーのインタビューに応えました。

水野晶子アナウンサー

平野幸夫・毎日新聞「ほっと兵庫」編集長

八木和也・兵庫尼崎アスベスト訴訟弁護団事務局長

山内康民・クボタ・アスベスト訴訟原告

以下の記録は、2012年8月20日21:00からの毎日放送ラジオ「たね蒔きジャーナル」のアスベスト訴訟の話題部分を録音し、「アスベスト被害からいのちと健康を守る尼崎の会」の事務局長・粕川實則が記録したものです。従って、文章表現上の責任は粕川にあります。

 水野晶子アナウンサー 「たね蒔きジャーナル」今日の特集です。今日のテーマは、「アスベスト死は公害だった、企業と国の責任を求めて」こう題してお話を進めます。アスベストの裁判、みなさん、思い出していただきたいのですが、アスベスト(石綿)が人間にとって非常に有害だと……。

平野幸夫・毎日新聞「ほっと兵庫」編集長 建設資材として戦後ずっと欠かせないものとして対応されてきたのですが、これが体に害を与えるのです。

水野アナ 一回吸ってしまったら外(体外)に出ない、肺の中に入って、中皮腫という肺の癌の一種を引き起こしてしまいます。(中皮腫の)治療法はありません。呼吸困難でこれまで多くの命を落としてきました。兵庫県尼崎では、クボタの前の工場(旧神崎工場)でアスベストが使われていた、その工場で働いていた方々が中皮腫に罹っていたことは(クボタは)判っていた、早くにある程度のお金が支払われてきた、しかし、(旧神崎工場の)近くに住んでいた被害者にはどうなんだという問題にもなってきていました。その延長線上にあります兵庫尼崎アスベスト訴訟の原告の山内康民さん、今日、スタジオにお越し頂きました。こんばんは、よろしくお願いします。

山内 こんばんは、よろしくお願いします。

水野アナ 山内さんはお父様を中皮腫で亡くされました。亡くなられたときはおいくつでしたか。

山内 80歳のときです。

水野アナ お父様がちょうど80歳のときに亡くなられて、その時のお苦しみの様子は……、前にお越し頂いたときにもお伺いしたのですが……。晩年はどのような状況でいらっしゃいましたか。

山内 前にもお話ししたのですが、亡くなる1週間前は、地獄といいますか、苦しんで、もがいて、苦しみのどん底で、がんばり抜こうとしたけど絶命した、そういう状況で亡くなったのです。

水野アナ 息ができない、どっちを向こうが、座ろうが寝ようが、苦しみが和らぐことがなかったという、本当に生きていることが地獄というようなことを前回おっしゃって頂いています。そんな山内さんは、ご遺族の立場で裁判を闘っておられます。この山内さんたちを支えてこられました弁護士のみなさん、兵庫尼崎アスベスト弁護団事務局長の八木和也さんもご一緒に来て下さいました。ありがとうございます。こんばんは。

八木 こんばんは。よろしくお願いします。

水野アナ 今回山内さんたちが原告として闘われた裁判、8月7日に神戸地裁で判決が下されました。この内容を教えていただけますか。

八木 はい。原告の内、山内さんについては、クボタとの関係では責任が認められました。

水野アナ 企業の加害責任が認められました!

八木 ただ、もう一人の原告は、クボタとの関係では「責任はない」という判決でした。あと、双方について「国の責任はない」というものでした。

水野アナ お二人とも国の責任は認められなかった、ということなんですね。

八木 そうです。

水野アナ これって、どういう事を意味しているのかを伺っていきたいと思うのですが、まず山内さん、お父様があれだけお苦しみになって、裁判でずっと闘ってこられました。まず、そもそも、なんで今回はお二人しか訴えておられないのかというところを、歴史的な意味があると思うのですが、そのことを教えていただけますか。

山内 クボタと、私がお世話になっている支援団体とは別の団体との間で、「救済金」制度で被害者を「救済」するという「協定」を結ばれたわけなんです……。

水野アナ つまり「クボタショック」という言葉がありましたよね、「クボタショック」から7年……。平野さん、クボタはいち早く「被害を受けられた方にお金を支払いましょう」ということになったと私なんかは思っていたものですから、これは当然、クボタが被害を受けられた方に謝罪をして、その賠償金、補償金だと私は思っていたんです。これは私の勘違い……。

平野編集長 これは言葉が象徴していると思うのですが、「救済金」です。加害企業が「救済金」という言葉を使うこと自体に矛盾があると思うのですね。

水野アナ 補償金、賠償金であれば謝罪の意味も込められているけど、「救済金」だと「助けてあげましょう」ですから、「私どもに責任があります。申し訳ないです」という意味のお金では、実は、なかった……。

山内 そういうことです。

水野アナ 山内さんはご遺族の一人として、この「救済金」の対象にはなられていたのですね。

山内 はい。

水野アナ その時に、山内さんはどう思われたのですか。

山内 まず、クボタが(加害責任を認めて)謝っていないということは、新聞をよく読んだら、わかることなんです。

水野アナ ごめんなさい。新聞をよく読んだらわかるんだけど、ぱーっと見たら、私みたいに誤解するんです。

山内 (新聞の)見出しには「クボタは謝った、謝罪した」ということが書かれているのですけど、それを細かく読んでいくと、どこの行間にも、クボタが出したアスベストによって犠牲になられたということが一言も書かれていないのです。

水野アナ 実際に山内さんたちのところに、クボタが謝りには来なかった。

山内 来ていませんね。

水野アナ 謝罪は、直接は全然無かったですね。

山内 はい、ありませんね。

水野アナ では、文言としても、法律的に謝罪するということは無かったのですね。

山内 はい。

水野アナ ということは、弁護士の八木先生、(クボタは)加害者であることを認めていないということですよね。

八木 そうですね。その点ははっきりとしていまして、(クボタは)「因果関係はあるかどうかわからない」と、「道義的社会的責任」から「救済金」を支払いますという説明でした。

水野アナ じゃあ、逆に言うと、加害者として自分の責任を認めていないのに、なんでお金を支払うことにクボタはしたのか、山内さんから見たら、どう見えますか。

山内 率直に言いますと、裁判を起こされたくないというふうに受け止めました。

水野アナ あぁー。つまり、他に「救済金」を貰われた方がたくさんいらっしゃいますけど、その方たちは山内さんと一緒に(裁判で)闘えなかったわけですよね。

山内 そういうことです。やはり、裁判をするということになりますと、周りのことを考えるとしんどいし、いろいろ言われるし、あることないことを言われるし、といったこともあると思うのです。

水野アナ 山内さんも7年、しんどかったですか。

山内 率直に言いますとしんどいですよ。立場が立場なので気楽にやれたという面もあるので、よかったかなぁと。

水野アナ お父様が既に亡くなってらっしゃるということも大きかったと思いますけれども、やはり正直言って、「救済金」を提示されたときに断れないのが多くの方の心情だと思うのですけど。

山内 たぶんそうですね。だから(「救済金」を)受け取ったからといって、責められないです。

水野アナ そうですね。医療費だって。ご存命の方で医療費、こういった不安の声は?

山内 事務所で電話相談を受けていたら、「ある大学で(中皮腫の)治療をしているが、保険が使えない治療もしたい」とうい話があって……。

水野アナ 健康保険で認められていないけど最新の治療で、もしかしたら良くなるかも知れない、そんなこともありますよね。

山内 (医療費が)非常に高額なんですよね。「(クボタの)責任追及して、裁判して、私が死んだら、何のための裁判ですか」と言われるのです。「今すぐにでもお金が欲しいのです。それで保険のきかない治療をしたいんです」と言われたら、それ以上何も言えないのです。

水野アナ 「救済金」という名目でもかまわないから現金を医療費に充てたいんだ、(裁判で)闘っている命の時間が見込めないんだ、という意味ですよね。ご本人にしたら。そういうとき、山内さんにしたらお辛い立場だったと思うのですが。

山内 とにかく「救済金」を請求して貰って下さい、としか言えないですよね。

水野アナ そうですね。そうとしか言えないですよね。

山内 (私自身の)親の姿を見てきたら、とにかく治療に専念していただいて、一刻も早く回復して欲しいと思いますね。

水野アナ そういう方々も、本当は(クボタからの)謝罪を、せめて一言聞きたい、こういう思いをされていたのではないか、どのような声を聞かれましたか。

山内 八木先生も(前回)お話しされたと思うのですが、やはり、「(クボタに)謝罪はして欲しい、しかし、そうはいっても時間的余裕がない」と言われました。

水野アナ 平野さん、本当につらいお話ですね。

平野編集長 今回はじめて(判決がクボタの責任が)認定したのですが、一部だけが評価され、きびしい線引きがあるんですよね。

水野アナ 企業の責任を認めるかどうか、厳しい線引きがあった。山内さんの場合は認められましたが、もう一人の原告の方は認めない、線引きをしたわけですか。

平野編集長 まあ、1㎞圏外ということで。

水野アナ 住んでいた所が、1㎞の範囲か外か、そこで線引きをしたわけですか。

平野編集長 他にこういう被害をもたらす要因が考えられない。アスベストが飛散していたことには変わりがないのに、距離によって線引きをするという理不尽さが、逆に改めて浮き彫りになった判決だったと思うのです。

水野アナ 八木さん、(クボタ旧神崎工場からの)距離、1㎞で被害を認めるか認めないか、ということになりますか?

八木 まず、判決がいっているのは工場の周辺300m以内に居住していたのであれば、クボタ旧神崎工場が原因であると推認ができる、これを超えた場合には、クボタが原因かどうかはっきりとしなくなる……。

水野アナ 「はっきりとしなくなる」? でもそれは、クボタかも知れないという意味も含んでいるのですか。

八木 はい。

水野アナ ほかの所かも知れない。

八木 そうです。

水野アナ それは、どこが出したアスベストやということを、何十年も前、1950年代でしたっけ?

八木 1970年代。

(*裁判所が飛散を認めたのは1954年から1975年、責任を認めたのは1973年から75年です。八木弁護士は、ここでは責任の話なのかなと思い、1970年代と答えました。=粕川)

水野アナ 1970年代というとだいぶ昔、40年前。その時、どこから出たアスベストかということは、どうやって調べるんですか。

八木 およそ不可能。

水野アナ 不可能?

八木 ある時期、3,000種類もの製品にアスベストが使われていたので、当時、生きていた人全員が、いろんな生活の場面でアスベストに触れている。どの時点で、どの石綿に触れたのか、特定することは不可能です。今回の判決は、「いろんな可能性」がありますといって、クボタが原因かどうかの特定ができないという理由で、責任を否定したのです。

平野編集長 クボタは、「救済金」制度で1㎞以内を認めているんですよね。

八木 はい。

水野アナ クボタは1㎞以内を自ら認めているんですよね。

平野編集長 これ、矛盾していますよね。

八木 はい。疫学調査の結果、クボタの周辺1㎞ないし1.5㎞が危険だという結果が出たので、クボタは1㎞以内のところに「救済金」を出すと決めたのですけど、判決は1㎞をさらに絞り込んで300mというエリアについてのみクボタが原因と推認されるということです。

水野アナ、平野編集長 はぁ?

山内 (クボタ「救済金」制度の)運用上は1.5㎞になっているんです。公称は1㎞、運用上は1.5㎞、他に条件がありますが。ただ、1.5㎞以遠は何があっても認めていない。

水野アナ 今回1.5㎞を狭める格好で判決が出た。どういうことなんでしょう。

山内 私たち法律に関係ない立場からすれば、「おかしいな」という気がします。

水野アナ これは事実として、圧倒的に当時、石綿を大量に使っていたのがクボタの工場であった、このことは歴史的な事実なんですよね。しかも、石綿、アスベストにも色んな種類があるんですって、平野さん。

平野編集長 青石綿、白石綿といった種類が……。青石綿の方が(毒性が)強いんですよね。

水野アナ 危険性が非常に高くて、500倍の危険性を白石綿に比べて持っている。この青石綿を当時クボタは使っていたんですか?

八木 はい。(クボタは)青石綿を大量に使っていました。

山内 尼崎では(青石綿の大量使用は)クボタだけです。

水野アナ そうですか。そういった事実関係を裁判所は評価してはいないんですか。

八木 (判決では)一応、認定しております。青石綿を使っていたのは、ほぼクボタだけである、その(使用)量も大量であったと、こう認定し、クボタの可能性がある、ただ、他にも可能性があるので、クボタが原因とまでは言い切れない、そういう判決でした。

水野アナ どこからのアスベストで被害を受けたのか、被害者の側からは立証できませんよね。誰もできませんよね。それからもう一つ、企業の責任について限界があった、線引きされたということと、国の責任についてはお二方とも認められなかったということですね。

平野編集長 これは、国に非常に甘い判決ですね。私が昭和40年代にこういう規則がつくられていたことを、取材したことがあるのですが、旧労働省の労働安全規則ですが、これに基づいて(労基署や)保健所なんかが労働環境をチェックする行政上の基準があったわけです。それを厳粛に守られたら、国は把握していたはずなんです。この責任を問わないというのは、最もおかしな判決であると感じる、いちばん根本的なことですね。

水野アナ へぇ! 国の責任は、なんで認められないということに? 八木さん。

八木 そうですね。ひと言で言って、周辺住民の被害の知見がなかった、ということです。

水野アナ 周辺住民への知見、知見ってなんですか。

八木 科学的な情報が……。

水野アナ だって、その当時は発病していませんよね。すぐには発病しないのが中皮腫でしょ。

平野編集長 何十年もしてから発病……。

水野アナ 何十年もたってから発病するんでしょ。そんなときに「知見がない」なんていわれたって。

八木 ただこれ(判決)は、事実ではなくて、海外では周辺での被害というものが報告されて、最も権威があるといわれているIARC、国際癌研究機関が1972年には「(工場)周辺でも被害が起きている証拠がある」とはっきりと明言しています。

水野アナ えっ! 1972年には明言している。

八木 ええ。にもかかわらず、「まだ知見は十分でなかった」というのが裁判所の理屈ですが、これは、事実と違うことをいっていると、我々は考えています。

平野編集長 判決がなぜ、国に対して甘い判断をしたのか、背景的にはどのようにお考えでしょうか。私はね、(アスベスト関係工場)周辺住民の全国的な被害を受けたというデーターがかなり多いということも作用しているのではないかと思うのです。

水野アナ 潜在的な患者さんがでてくる。

平野編集長 アスベスト関係工場周辺の被害者がもっとでてくる。一説には1,800人とか2,000人近くに上るのではないかといわれている。国の賠償責任の対象がもっと広がってくる、そのことを思ん憚って下した判断ではないかと思うんですが、その辺、いかがですか。

八木 ええ。私も全く同じ意見です。石綿被害の責任について、今、各地で国の責任を問う訴訟が行われているのですが、裁判所は、できるだけ国の責任の範囲を限定しようということに必死になってやっていて、労災の範囲という限定した責任、何としてもそこは守ろうというように考えているようです。それが一般の周辺住民にまで広がってしまうと、莫大なお金がかかってしまう、ここは絶対に阻止しないといけない、こんなことを我々もひしひしと感じながら闘っております。

平野編集長 三権分立の精神からいきますと、おかしいですよね、行政責任が問われないとは。いってみれば民主主義国家としての体をなさないですよね。

水野アナ ご遺族の方や(闘病中の)ご本人にとったら、海外では危険性がちゃんと言われていたじゃないか、権威あるところも言っていたではないか、その時に国は「石綿は絶対に使ってはダメなんだ」と全国の企業に言えば、うちのお父ちゃん、お母ちゃんは助かったではないか、私の命は助かった、ということですよねぇ。山内さん、そのあたり、国に対する思いはいかがですか。

山内 労災を防げなかったことで、(工場の)塀の外のわれわれ一般住民、あるいは学校に通っている人、働いている人が被害にあった、だから、労災にならない労働環境にすべきだったと思います。そうすれば、周辺への被害もなかったはず。判決でも1960年代にはアスベストの労災については認めているわけですから。

水野アナ 1960年代に国は危険性を知っていたのだから、労災について、(裁判では)国の(責任を)認めている。

山内 だから、労災の延長線上での環境被害についても国の責任を認めてほしい。

水野アナ なんで国の責任が、働いている人には認められて、働いていない人には認められない。どこからお金が出るかの話ですよね。労災かどうかで…。えっ、そうなっているんですか。

山内 アスベスト工場と利害関係のない(周辺に住んでいて被害を受けた)人間が救済されずに、工場内の人は救済されるという、相対立する面もないことはない。

水野アナ クボタはこれに関しまして、こういうふうにコメントしています。「今後、法廷の場で当社の考えを主張していきます」と発表しているんです。山内さんたちは、今後どのようにしていかれるんですか。

山内 私の裁判ですが、私のことだけを考えるのではなく、(私の)後ろに何百人、何千人という犠牲者がいることも考えて、闘って、一人でも二人でも、数多くの被害者が救われるようにしていかなければならないと考えています。

水野アナ (神戸地裁判決で)山内さんに対する企業責任が認められたことだけで、山内さんは終わらず、みなさんのために闘われる覚悟なんですね……。

山内 はい。引き続き。

水野アナ これからどういう動きになるのか、「たね蒔きジャーナル」としても見せていただきたいと思います。今日はありがとうございました。

八木・山内 ありがとうございました。

水野アナ 兵庫尼崎アスベスト訴訟原告の山内康民さんと弁護団事務局長の八木和也さんでした。

(ニュース、天気予報などに続いて)

水野アナ 平野さん、今日の話を聞いていても、国の責任を認めさせるのはどんなに大変なことか、すごい闘いですよね。

平野編集長 被害者側に立証責任を求めるなんてね。

水野アナ ねーえ、何十年前にどうだったか、アスベストはどこからやってきたか、そんなこと、被害を受けた側が立証しなければならないなんて。

平野編集長 やはり、司法当局の厚い壁ですよね、国の責任を質しているのに、(国を)守ろうとする判決がずっとでている、その不可解さですよね。

水野アナ 真っ当なことをどこに言うていったらええねんという思いをね、いろんな問題でしてらっしゃる方がいはるなぁと、「たね蒔きジャーナル」をやっていると思いますね。今日のお話を聞いて。

以上