2011年6月29日

尼崎の会について

「アスベスト被害からいのちと健康を守る尼崎の会」とは

2005年6月29日の、いわゆる「クボタショック」報道に尼崎医療生協理事長の船越医師らが非常な危機感を持ち、大勢の罹患者発生を懸念、医療生協を先頭に救済活動を始める事とした。小田地域を中心とした訪問調査活動、アスベスト検診、被害者の掘り起こし等々の取り組みを長期間にわたる行う必要性から、運動母体・「アスベスト被害からいのちと健康を守る尼崎の会」(以下、「尼崎の会」といいます)を、同年12月に関係団体で立ち上げた。

石綿の危険性を知りながら、石綿使用を続けた加害企業、危険性を知りながら使用の規制しなかった国の責任を追及し、相談活動を強めながら、真の被害者救済を実現する活動をすすめています。2006年3月27日施行の「石綿被害救済法」や労働者災害補償保険法による被害者救済制度は、きわめて不十分なものです。

これは、加害企業、規制を怠ってきた国の責任が明確になっていないからと我々は考えています。

アスベスト被害者の相談活動を継続

「尼崎の会」は事務所をJR尼崎駅近くに置き、アスベスト被害者の相談を受けています。相談内容は医療、法律、労働災害等問題によっては、医師や弁護士と連携して解決にあたっています。

年に2回程度、小田地区を中心に、公民館、地区会館で医療機関関係者や弁護士、労災問題の専門家による「相談会」を開催しています。

「尼崎の会」が取り組んでいる二つの裁判

加害企業であるクボタと国の責任を明確にさせる2つの裁判を取り組んでいます。

1つは、「環境型」裁判です。JR尼崎駅付近の人口密集地で大量のアスベストを使用して石綿管や建材を製造したクボタが、長期間にわたり大量のアスベストを工場周辺に飛散させ、甚大な被害を発生させた責任を問うものです。

もう1つは、クボタ構内でアスベスト等の運搬を行い、アスベスト疾患で亡くなった遺族がクボタと国の責任を問い、もう一人が国の規制責任を問う「労災型」の裁判です。

巷間伝えられる「クボタは謝っている」はこの裁判を通じて、全く嘘であることがわかりました。クボタは「アスベストを工場の外に飛散させていない」「飛散させていたとしても被害を及ぼすようなものでない」と因果関係を完全に否定しています。

一方、国は、「アスベスト粉じんの周辺住民に及ぼす危険の知見はなかった(危険は知らなかった)、規制権限の根拠法がなかった」等、一切責任を認めようとしていません。

深刻な被害の発症はこれから(決して過去の問題ではない)

アスベストによる中皮腫や肺がんが発症するのは、アスベストを吸い込んで20~50年が経過してからです(「尼崎の会」の相談では、60年が経過して発症したケースもあります)。

アスベスト被害者の今後の発症予測数は、18年後の2028年(平成40年)には9万名を超えるとしています。「10万人を超える被害」との研究もあります。この発症予測数は、我が国の公害・薬害史上甚大な被害として知られている水俣病の推定患者総数3万人、薬害スモンの確認された患者総数が11,127名と言われていることなどと比べるとそれらの数倍にも及ぶアスベスト粉じんによる健康被害がいかに広汎かつ深刻なものであるか理解できるでしょう。